集合時間に遅れたらいけないと思い、すぐに下山しはじめ駆け下りるようにしておりたのだが、あまりがんばりすぎたため右ひざがガクガクになって、まともに歩けないくらいになってしまった。ひざには体重の3倍の重さがかかっているってテレビで言ってたっけ。下り坂…しかも急斜面ともなればなおさらだ。登山口にたどりつくころにはほとんど引きずるようになってしまった。みんなとは違ったほうに登ったため、途中でほとんど日本人の参加者に出会うことがなく、きっとみんなを待たせてしまっているだろうと思ったのだが、登山口に着いてみると半分くらいがまだ帰ってきていないことがわかり、もう少しゆっくり下りてこればよかったと思った。

バスに乗り込もうとしたら、バスのフロントガラスのところに手書きで「Japen」と書いてある。日本から来たわれわれにわかるようにバスの運転手が書いてくれたらしいのだがあまりにおかしかったので思わず写真にとった。

全員がそろうとバスはホテルに向かった。すっごい高級そうなホテル。入り口には北朝鮮の人だろうと思われるベルボーイが立っている。エントランスもすごいし、入ってもすごい。かつて北朝鮮労働党の幹部が集まるときに使っていたものをホテルにしたというようなことを聞いた。こんなすごいホテルだとすると宿泊料もすごいんだろうと思った。でも聞いてみると、もともと予約をしたときは小さなバンガローのほうで頼んでいたらしいが、北朝鮮に来てみたらホテルのほうに変わっていたらしい。値段は同じだということだった。それにしても高級なホテルだ。とても北朝鮮とは思えない。
泊まったホテル
泊まるはずだった宿舎ところがホテルのトイレに行ってみると電気がついていない。聞くと、電力までは韓国からひっぱってくることができず北朝鮮から供給してもらっているという。そのため電力の供給をコントロールされていて、ホテルでは午後4時からしか電気がつかないらしい。ところがそれはまだいいほうで、北朝鮮の村々はさらに制限されていて6時にならないと電気が通じないそうだ。電気が通じるとはいっても1軒の家に許されているのは電球1つだけだということだ。そんな状態で文化的な生活ができるはずがない。説明によると北朝鮮の農村は韓国の1950年代後半から1960年代前半の生活レベルなのだそうだ。
この写真は部屋のバス・トイレホテルに荷物を一時的にあずけてレストランに向かおうとしてバスに乗り込もうとするとフロントガラスのところのサインが「Jepan」に変わっていた。またまたおかしくてシャッターを押した。

昼食はいくつかの種類のキムチとプルゴギ、ごはん、スープだった。韓国人によると北朝鮮のキムチの味付けは南にくらべるとじゃっかん薄めだということだった。南は化学調味料をいれるけれども北にはそういうものがないから味が淡泊になるんじゃないかと言っていた。でも、レストランで出される食材は北朝鮮からはほとんどまかなうことができず、9割は南から持ってきているということだったのだが・・・・。

昼食を終えてバスに乗り込もうとしたら今度は「日本」に変わっていた。これで一件落着。
by customlegend at 00:04 |
韓国・北朝鮮 |
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