新緑

聖徳太子演奏会

今夜は大阪までヴァイオリンの演奏を聴きに行ってきました。場所は天王寺にある四天王寺。コンサートホールがあるわけではなく、聖徳太子像のある「太子殿」が演奏会場。僧侶がおつとめをするだけのところだからふだんはだだっぴろい空間なんだけれども、ここで演奏会をおこなうとなると畳敷きのお堂にぎゅうぎゅうに詰め込んでもおそらく200人も入ったら満員御礼になってしまうでしょう。今夜はどれぐらいのお客さんが来ていたのかわかりませんが、200名近くはいたんじゃないでしょうか。

ヴァイオリニストは大阪を拠点に活動している中島さん。2年前の伊賀オケの定演で演奏したベートーベンのヴァイオリン協奏曲のソリストとして来てくれたかたです。演奏曲目はJ.S.バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第2番イ短調とパルティータ第2番ニ短調。とくにパルティータ第2番には有名なシャコンヌがあり、それだけでも聴きに行ったかいがあるというもの。

じつはこの演奏会はなんとタダ!「お代は観て、聴いてのお帰りに」というもの。

しかも全部で6曲あるバッハの無伴奏ヴァイオリンのための曲を、2月には2曲(ソナタ1番、パルティータ1番)、4月には2曲(ソナタ2番、パルティータ2番)、6月には2曲(ソナタ3番、パルティータ3番)演奏するというなんともぜいたくな試み。ところが2月は伊賀オケの演奏会の前日でゲネプロがあったために聴きに行くことができなかったのです。それにしても今夜の演奏はほんとによかったです。欲をいえば残響のあるホールで聴きたかったということでしょうか。

6時から始まった演奏家は前半にソナタ、休憩をはさんで後半でパルティータでした。終わってカーテンコールにこたえて弾いてくれたのはなんとシャコンヌ。先ほど弾いたばかりの曲。シャコンヌ1曲弾くだけでも相当の体力と精神力を要するだろうと思われるのに、アンコールにまたシャコンヌを弾いてくれるなんて・・・・。並の人じゃありませんね。どうしても比較して聴いてしまうものですが、ぼくの耳にはアンコールのときのシャコンヌのほうがよかったように思えました。

7時20分ごろにお堂を出たところで心ばかりの募金?をしてきました。太子堂の門を出ると五重塔がライトアップされて幽玄な姿を大阪の空に浮かび上がらせていました。6月にもまた行こうっと。

P4190010
by customlegend  at 23:59 |  音楽 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

天からのパン?

P3310079 P3310080

一週間くらい前のある朝のこと

家から職場までの50mほどの道を歩いていたら木の根元に白いものがあるのが見えました。あれ?なんだろう?まさか雪ではあるまいし・・・・と思って近寄ってみると泡のようなものがありました。

 「なんか変なものがあるよ」

職場の同僚にも声をかけて見てもらったのですが、やはり首をかしげるばかり。しかもこのふしぎな白い泡のようなものは、2本の木の根元にしか見られないのです。さらにふしぎなのは、この2本の木はどうも同じ種類のようなんです。

「植物に泡」で連想するのはモリアオガエルのタマゴですが、そういった感じでもありません。中に昆虫や動物はいませんでした。一方の木は泡がぼくの腰あたりから下のほうに垂れて根元にたまっているような感じに見えました。

P3310081

お昼ごろもういちど見に行ってみたら、その泡は消えてなくなっていました。そして、その日以降、見ることができません。いったい何だったのでしょう?

そういえば聖書にそんなできごとが書かれていましたね。イスラエル民族がエジプトを脱出して奇跡的に紅海を渡ってシナイ半島に来たものの、食べるものがなくお腹がすいて不平不満がたまりブツブツと文句を言い出したときにそれは起こりました。

朝には宿営の周りに露が降りた。この降りた露が蒸発すると、見よ、荒れ野の地表を覆って薄くて壊れやすいものが大地の霜のように薄く残っていた。<中略> 日が高くなると、それは溶けてしまった。<中略> イスラエルの家では、それをマナと名付けた。それは、コエンドロの種に似て白く、蜜の入ったウェファースのような味がした。

はて、何だったんでしょうね・・・・・もし知っている人がいたらぜひ教えてください。
 
by customlegend  at 15:26 |  その他 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

手回し式計算機

P4060001

先週のことなんですが、となり村にある農家の倉を解体する作業を手伝ってもらえないかと頼まれて、仕事のほうは少し余裕があったのでお休みをもらって2日ほど行ってきました。ふだんから肉体労働をしていませんからかなり大変でした。でもパソコンの画面を見ながら指先だけ動かしているだけよりも、体を動かして汗を流しながら働いているほうが健康にもいいし、なにより「働いている」という実感があっていいです。

さてその農家の倉は2間×4間ほどの大きさで、1926年(大正15年)に建てられたものだそうです。まず倉の中のものをすべて産業廃棄物として処分するところからスタートです。燃えるもの(廃プラ)と燃えないガラス類、金属類をかなりきっちり分けて産業廃棄物用のダンプにどんどんと積んでいきました。80年以上も前に建てられたわけですから、けっこう古いものがいっぱいありました。足踏み式の脱穀機や千歯扱き、こも編み機などの昔ながらの農具をはじめとして、古い食器類やたくさんの手火鉢、あんどんなんかもありました。古いもの好きにはたまらないものばかり・・・・。しかしぼくは仕事として行っている以上、そんなことを言ってられません。とにかく捨てる捨てる・・・・・

そんな中でとても珍しいものがありました。メーカーは Tiger Calculator とありました。ん?Calculator?これ、計算機?どうやって操作するのか、はたして動くのかどうかもわかりませんでしたが、もらって帰らなくちゃと思って持ってきたのでした。

スプレー式の防錆剤(機械油)を吹きかけたり、内部にも吹きかけて、ねじをゆるめて内部を見てみるとほこりはあるもののほとんど錆びているような部分はありません。動かしてみると、けっこうスムーズに動くことがわかってきました。しかし困ったことに使い方がわからない・・・・・

とにかく調べたいことがあったらググってみようということで、Tiger Calculator で検索してみたところトップに出てきたのがヨウツベの動画。しかも操作方法を実演しているんです。ヨウツベ(←クリック)

こりゃぁありがたいと思って同じように操作してみると、ちゃんと動くではありませんか!感動!そしてさらに調べていくとタイガー手廻計算器資料館(←クリック)というサイトがあって、そこにこの計算機の歴史が書かれていました。大本寅治郎という日本人が開発したもので、1923年(大正12年)から製造・販売されてきたのだそうです。もちろん当時はそろばんしかなかったでしょうから、この計算機は当時としては画期的、驚異的な製品だったにちがいありません。

このサイトの説明によると1931年(昭和6年)には495円で売られていたそうです。公務員の初任給が75円だったということですから、6.6倍です。もし現在に当てはめるとしたら公務員の初任給を20万円と仮定すると132万円!!!ぼくが生まれるころの値段はというと現在の価格に換算しておよそ65万円!!ちなみにぼくがもらってきたこの計算機はちょうどぼくが生まれるころのもののようです。

65万円!これを高いとみるか安いとみるかはいろいろでしょうけど、とにかく当時としては目の飛び出るような値段だったはずです。でも実際に使ってみるとホントよくできていて、よくこんなものを作ったものだと、ホントにおどろきです。今だったら百均で100円だよね。

今から22年前だったか、ぼくが初めてパソコン(PC9801-VM2というNECの名機)を買ったときの定価が41.5万円。これはパソコン本体だけでしたから、これにあとCRT(ブラウン管)とプリンターをいっしょに購入して全部で70万円を越していました。20年以上たって、今ではその10分の1の7万円で買えますもんね。しかもその性能たるや比較することすら愚かです。

それにしても、なんともレトロな風采にノスタルジーを感じてしまいます。しばらくおもちゃにして遊んでみようと思います。
by customlegend  at 14:13 |  その他 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑
プロフィール

customlegend

Author:customlegend
とにかく自分でやれることは何でも自分でやってしまいたい。だから何でも自分でやれるようになるので、人からは器用な人だとうらやましがられるが自己評価は器用貧乏。有機食品の認証業務の仕事をしています。

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる