新緑

人間であるとは、まさに責任を持つことだ。

  自分には関係がないような悲惨をまえにして

    恥を知ることだ


              サン・テグジュベリ
by customlegend  at 19:44 |  至言 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

恥知らずなやつら

6月14日、自民党を中心とした日本の国会議員44名+αがワシントンポスト紙に全面広告を出したのだそうな。

<以下AFPBBニュースより一部転載>

いわゆる従軍慰安婦問題をめぐり、日本の国会議員らが14日付のワシントン・ポスト(Washington Post)紙に、「第2次世界大戦中に日本軍によって強制的に従軍慰安婦にされたことを示す歴史文書は存在しない」と訴える全面広告を出した。

「事実(THE FACTS)」と題された同広告は、「米国民と真実を共有する」ことを目的に掲載されたもので、「歴史学者や研究機関の調査では、女性が意に反して、日本軍によって売春を強要されたことを示す文書は発見されていない。慰安婦は、『性奴隷』ではなく、当時の世界では一般的だった公娼(こうしょう)制度(政府による売春管理制度)のもとで行われていた」としている。さらに「慰安婦の女性の多くは、将官よりも多くの収入を得ていた」と付け加える。


ニュースの全文は→こちらをご覧ください

おいおい、お前たち、またなんでこんなことして世界に恥をさらしとるんじゃ!と、腹が立つというよりはあきれてしまう。もちろんこれが日本の世論のすべてではないし、国会議員がみんな同じことを考えているわけでもないと思うが、こんな恥知らずな全面広告をだすとまるで日本国民がみんな同じように考えているかのように思われてしまうのではないかと危惧してしまう。

ときどき中国や韓国から日本が過去におこなったことを追究されると、日本国内では「いつまで戦争責任を追及したら気がすむのだ」という声がわきおこる。たしかにそれも分からないでもないが、こういう恥知らずな国会議員がいて、しかもワシントンポスト紙に全面広告を出すという愚かなことを繰り返しているようでは、「日本はほんとうには謝罪していない」と言われてもしかたがない。

こういう恥知らずな国会議員を選んでいるのはわれわれ国民だということをよくよく反省して、選挙のときにはぜひとも落選していただこうじゃないか。・・・っと思って44人の国会議員をよくよく調べてみたら・・・なんっと、参議院議員は2人しかいない。やっぱ参院選を目前にしているから名乗りを上げにくかったのかな?

恥知らずな国会議員は以下に(五十音順) っ恥ということで赤にしました

愛知和男、赤池誠章、石関貴史、泉健太、稲田朋美、江藤拓、大塚高司、岡部英明、小川友一、鍵田忠兵衛、亀岡偉民、河村たかし、北神圭朗、木原稔、木挽司、坂井学、島村宜伸、神風英男、杉田元司、鈴木馨祐、薗浦健太郎、平将明、田村謙治、土井亨、土井真樹、戸井田とおる、中川義雄、西村真悟、西本勝子、林潤、平沼赳夫、古川禎久、牧義夫、松木謙公、松下新平、松原仁、松本文明、松本洋平、武藤容治、山本ともひろ、吉田泉、笠浩史、鷲尾英一郎、渡部篤
by customlegend  at 19:34 |  政治・経済 |  comment (1)  |  trackback (0)  |  page top ↑

国益に反しないかぎり・・・

2週間ほど前に憲法の勉強会がありました。自民党の憲法草案と現憲法とを比較しながら、どんなところが変わってくるのかという切り口でした。第9条についてはもちろんですが、今回考えさせられたのは第12条と第13条にでてくる<公>ということについてでした。

さて第12条を見てみましょう。

<現憲法>
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

<自民党草案>
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、保持しなければならない。国民は、これを濫用してはならないのであって、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚しつつ、常に公益及び公の秩序に反しないように自由を享受し、権利を行使する責務を負う。

現憲法では『公共の福祉』とあります。また自民党草案では『公益及び公の秩序』と変わっています。この語句の変更によって私たち国民の何が変わるのでしょう?

この語句の変更は第13条でも同様で、

<現憲法>
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

<自民党草案>
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

『公共の福祉』が『公益及び公の秩序』になっています。

ここで使われている『公』ってなんなんでしょう???

まず「大辞林」では
(1)政治や行政にたずさわる組織・機関。国・政府・地方公共団体など。古くは朝廷・幕府などをさす。

(2)個人ではなく、組織あるいは広く世間一般の人にかかわっていること。

(3)事柄が外部に表れ出ること。表ざた。表むき。

(4)天皇。また、皇后や中宮。

へぇ〜『公』って天皇っていう意味もあるんだ・・・・とちょっとびっくり。もう少し調べてみると「日本語の『公』はもともと、『天皇』や『国家』をさしました」(法学館憲法研究所のサイト)とあるのを見つけたのでした。

そのサイトにはこうもありました。「『公共の福祉』のことを英語ではpublic welfare といいますが、このpublicとは『人民』がもともとの意味です。つまり『人びと』ということです」・・・・うん、なるほど、そうだよな、ぼくのなかでも『公』っていうのは『人びと』の感覚のほうが強いな。

最近では『国益』ということばがよく使われます。アメリカがイラク戦争を始めたとき日本はこれを支持しましたが、その根拠のひとつとして使われたのが「日本の国益」でした。今ではイラク戦争へのアメリカ協力が日本の国益にかなっていると考える人はほとんどないと思いますが、当時は多くの日本人がだまされ?たのではないでしょうか。

また小泉純一郎が首相だったとき韓国や中国からの批判をはねのけて頑なに靖国参拝を強行し続けたとき、もちろんこれを支持した人もいたのでしょうが、多くは「日本の国益」を損ねているとして批判していました。たしかに損ねていたと私は思います。

いや私の理解では、首相の靖国神社参拝が日本の国益にかなうか損なうかというのはハッキリいってどうでもいいことで、首相の靖国神社参拝が憲法で禁じている政教分離の原則にてらして違反しているかいないかを厳密に問うべきであったと思うのです。それなのに国益というひじょうに曖昧な概念が持ち出されて憲法がうやむやにされてしまいました。

気をつけなければいけないのは、「日本の国益」とだれかが言うとき、ほとんど言ったもの勝ちもしくは大きな声で言ったもの勝ちで、はたしてほんとうにそれが「日本の国益」かどうかということが検証されることなく使われ、あたかも善であるかのように思い込まされてしまう。

こうして考えていたときに、自民党の憲法草案で使われている『公益及び公の秩序』というのは言い換えると『国益』なんじゃないかと思いついたのでした。そこで、先にあげた自民党憲法草案の12条と13条の『公益及び公の秩序』という部分を『国益』と置き換えてみました。

<自民党草案改訂バージョン>
第12条
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、保持しなければならない。国民は、これを濫用してはならないのであって、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚しつつ、常に国益に反しないように自由を享受し、権利を行使する責務を負う。

第13条
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、国益に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

そう、自民党が考えている憲法は、わたしたちに保障する基本的人権は「国益に反しないかぎり」与えられるものであって、もし国益に反するとみなされたときには奪われて当然であるというものに違いない。

おれはそんな憲法まっぴらごめんだ。
by customlegend  at 23:36 |  政治・経済 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

日曜土木

stone_wall-before → stone_wall-after

石垣をつくりました。木工は若いころから下手の横好きでやってきたので、まぁ素人にしてはなかなかの腕前なのではないかと自負しているのですが、こんな石垣・・・まさか若いころからの下手の横好き、なんてわけないですよ。もちろん初めての経験。ま、それにしては我ながらなかなかの出来だと思うのですが・・・いかがでしょう?

それにしてもこの石の数々、どこから集めてきたの?という疑問がわいてくるでしょう。じつは私が住まわせてもらっている家(社宅)を建てるときに壊した石垣の残骸なんです。8年前に新築したので、8年間ずっと石をごろごろと家のまわりに置いておいたということになります。いつかは石垣をつくろうと思っていたのですが、なにしろ経験がありませんから気持ちはあっても実際につくるところまでいかなかったのでした。

ではなぜ??? やっぱりきっかけは縁側でしょうか。道具入れやら縁側やらをつくったりして、家のまわりをきれいにし始めるようになって、なんとかしなくちゃと思い始めたのです。ふだんの日は仕事でなかなかできませんから週末のお仕事になりました。スタートしたのは5月24日。そして一週間後の6月3日にはなんとかできあがりました。なれない肉体労働をしてからだはガタガタですが、これだけのものができるとなんだかうれしくなってきますね
by customlegend  at 17:53 |  こだわり |  comment (2)  |  trackback (1)  |  page top ↑
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