
6月23日のブログ「できたぜっ」で書いたが、土曜日から4日の予定で東京に向かった。土曜日は朝7時半ごろで東京には11時半についた。出張の目的は有機の認定機関の会合だった。会場は高田馬場で、駅からちょっと歩いてラーメンを食べて会場に向かった。すると事務所のYさんから電話が。
「Iくんが心臓マヒで亡くなられた・・・・」
Iくんは32歳、7月には33歳になるところだった。5年半前に結婚して3歳半の男の子と7ヵ月の女の子がさずかっていた。それがなぜ突然・・・・
まもなくIくんの父親から電話があった
「葬儀をキリスト教でしたいんだけど・・・・」
Iさんはクリスチャンであることを村の中でもしばしば公言していたけれども教会に属していたわけではなかったのでどこかに頼むあてがあったわけではなかった。Iくんの5年半前の結婚のときに頼まれて司式をしたご縁もあったのでこれは自分がやるしかない…と思った。
「ぼくがやりますよ」
と電話をした。そしてすべての予定をキャンセルして日曜日の朝いちばんの新幹線で帰宅。準備をしてIさんの家へ向かった。Iさんの家は名古屋から1時間ほど車を走らせた山の中にある。家のまわりは田んぼと山。もちろん親戚も近所のかたがたもみなとうぜん仏教でやると思っている。なにしろ檀家総代もするような家だもの。
8時ごろに発作がおこり、9時前に病院に搬送されたものの10時過ぎにはもう手の施しようがないと医者は判断したが、家族はそんなすぐに死を受け入れることができるはずがない。それからおよそ6時間、Iくんのからだをさすり、きっともういちど目を覚ましてくれるに違いないと必死に声をかけた。
しかしその努力もむなしく、病院から遺体を運ばなければならなくなった。夕方家にもどると、おじいさんが段取りよくお寺や葬儀屋に手配をすませていた。それから家族会議。キリスト教でやるとIさんの腹は決まっていたのでおじいさんも「おまえがそういうのなら」と受け入れた。それからおじいさんはまたお寺に足を運んで事の次第を説明し、「息子がキリスト教でやるというから…申し訳ない」と頭をさげたという。それからまた親戚にも頭をさげてまわったのだそうだ。Iさんの覚悟にも頭がさがるが、おじいさんもまたあっぱれだ。
日曜日のお昼過ぎにIさん宅に着いたがかけることばが見つからない。「なんでこんなことに…」と言うのが精いっぱいだった。
午後7時から前夜式。だんだんと暗くなるなかどんどんと人が集まり始めた。あとで聞いたところ250人以上だったそうだ。家の中に入ることができたのはよく入って5、60人だろうから、200人は外だったことになる。心配された雨もひどくなることなく、ほんとに助かった。おそらく9割以上がキリスト教の葬儀ははじめてだっただろうから、とまどったことだろう。
その日はさらに山のほうに向かってゴーバルさんで泊めてもらった。月曜日は藤岡にある葬祭ホールで午後1時から告別式。そのホールもキリスト教式は初めてとのことだったから、なかなか大変だっただろう。
告別式にもぞくぞくと人が集まってきた。前日の前夜式には用意した式次第がまったく足りなくなってしまったので、その反省から告別式には用心して400枚を用意したのだが、それも足りなくなってしまうほどだった。ホールの中には200人くらいしか入れなかっただろうから、半分は外だったことになる。ほんとうに多くのかたがたがIくんとの最後のお別れに来てくれた。涙、涙の告別式だった。
骨を拾って、夜は初七日。キリスト教で初七日というのはないが、仏教の習慣しか知らない村のかたがたにあわせるかたちで進めていくことになる。膳をいただきながらIくんの思い出をみなで語った。いちばん気になったのは、キリスト教式で葬儀をしたことに対する親戚や近所のかたがたの心証だったが、だれひとり悪く言う人はなく、「キリスト教もいいなぁ」と言って帰られたかたもいた。
問題はこれからだ。7日ごとのおつとめ?49日?、初盆?とつづく。Iさんは言う。「村の連中にキリスト教の話を聞いてもらえる機会になるからいい」と。それに「お寺とも縁を切らないといかんなぁ」と。Iさんの覚悟にはホントに頭がさがった。
Iくんが何故こんな突然に、この若さで、妻と2人の子どもを残して召されなければならなかったのか、ぼくもいまだにわからない。家族のみんなはまだしばらくは神さまにつぶやく日々がつづくと思う。しかし何か意味があるにちがいない。神さまは無意味にこんな仕打ちを与えないはずだと信じたい。
火曜日の午前中に家にもどると、地元でも葬儀があったということだった。ぼくの家から100mほど下がったところで高校2年生がバイクで転倒し、そのまま亡くなったのだそうだ。
享年とは「与えられた年」という意味だそうだが、まさに「生きてもよろしい」と神から与えられている日々をいい加減に過ごすことないようにしなければと思わされた4日間だった。
by customlegend at 01:46 |
宗教・哲学・思想 |
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