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北朝鮮旅行記…その20 帰国

「早く、早く」とせかされて車に乗り込んで鄭さんが代表をつとめるヤンピョンの生協に向かった。職員が野菜ボックスの仕分け作業をしているなかド・ド・ドと押しかけた。生協といってもちょっとした店舗をもった倉庫といった感じだ。そこに日本人十何人が押しかけて韓国のりやらのおみやげをたくさん買い込んだので、おそらくかなりの売り上げになったに違いない。

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そこで正農会のみなさんとはお別れしてわれわれは一路インチョン空港へ。10時15分ごろに空港について出国手続きをして、何人かは韓国ウォンを使い切るためにまた買い物をしたり、飲み食いしたりして時間をつぶし、12時55分発の大韓航空機に乗り込んだ。往路のようにもしかしたら「ファーストクラスに・・・・」と期待したが残念ながらエコノミーだった。時間どおりセントレアに到着して4時発の高速船に乗った。5日に津から高速船に乗ったときには満員だったのだが、4時の便にはわれわれ4名を含めて乗客は6名。これでは赤字になるのも当然だ。

愛農には日もとっぷり暮れた6時ごろに到着。北朝鮮を訪問するという5日間のエキサイティングな旅行が終わった。
 
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北朝鮮旅行記…その19 世界で最初の温室

鄭さんがどうしても見せたいと言う「500年前の温室」というところに案内してもらった。鄭さんのイチゴハウスに隣接するかたちでその500年前の温室というのがあった。なかなか立派なもので、まさか鄭さんが自分で作ったわけでは・・・・と思って聞いてみたらヤンピョン郡が作ったということだった。これまで世界ではじめての温室というのは1619年のドイツ・ハイデルベルクの温室と言われていたのだそうだが、少なくともそれより170年早く韓国で温室が作られていたのだそうだ。→朝鮮日報(2002/02/23)

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温室の床下にはオンドルがあって、オンドルは窯で薪を燃やして暖めるようになっているのだが、さらにその窯には釜が載せられるようになっていて釜でお湯を沸かして、その湯気(水蒸気)を円い筒(煙突みたいなの)で集めて温室内に送り込んで湿度を保たせる構造になっている。なかなかのすぐれものだ。これは1450年代に全循義(チョン・スンイ)が編纂した『山家要録』に記録されているものをここに復元したのだそうだ。いや、なかなかいいものを見せてもらった。施設のなかにはクムガンサンを模したものもあって、それもまた立派なものでよく作ったものだと思った。

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北朝鮮旅行記…その18 最後の日の朝

11月9日(金)

目が覚めたのは5時。こりゃちょっと早すぎるぞと思って二度寝。6時ごろになるとみながごそごそと起き出しはじめたので自分も起きて荷物の整理。トランクにぎゅうぎゅうづめに詰め込んだ。鄭(チョン)さんにもらった2本の野菜酵素ジュースがかなりのスペースを占めている。薄明るくなった6時半ごろに出発して漢江のダム湖のほとりにある鄭さんの家に向かった。おそらく5年ぶりくらいだろうか。水際にあった水田はレンコン畑になっていて、農作業小屋だったところが食堂になっていた。2、3年前から食堂を始めたとのこと。「こんなところで?」と思ったが、夏のあいだはけっこうお客さんが入るらしい。そこでおいしい朝食をいただいた。

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鄭さんは正農会の元会長さんだが韓国の有機農業界でも重鎮のひとりだ。いま韓国は大統領選でにぎやかだがつい先日、大統領候補のひとりが鄭さんの農場を訪れて・・・・農民票獲得のためのパフォーマンスのひとつだろうけど・・・・「わたしが当選したら親環境農業の政策を継続しますよ」と確約して帰ったのだそうだ。いやはやスゴイ。
 
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北朝鮮旅行記…その17 ふたたび韓国へ

ふたたび正農会の車に分乗してきのうの早朝、食事をしたレストランへ行った。日本海に面しているということで海の幸をふんだんに使った韓国料理をいただいた。最初にテーブルに並べられていたのは少しのお寿司だったけれども次にはお造りがでてきて、最後には魚のチゲでてきた。かなりお腹いっぱいにいただいた。

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夕食を終えるとまた車に乗り込んだ。今夜の宿泊先であるヤンピョンに向かわなければならない。3時間くらいで到着するということだったが、おそらく3時間半くらいかかっただろうか。ヤンピョンはソウルの水瓶といわれる漢江のダム湖を中心に広がっている郡だ。着いたのはグリーンツーリズム(農家民宿)をしている正農会のメンバーのところのようだった。そこに着くとまた少しの料理と数々のお酒が用意されていた。料理のメインはアナゴだと聞いていたけれど、食べてみるとどうもウナギのようだった。ついついまた食べて飲んでしまった。

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就寝はおそらく0時ごろ。オンドルのおかげでぬくぬくの布団に入った。
 

by customlegend  at 21:41 |  韓国・北朝鮮 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

北朝鮮旅行記…その16 特別待遇?

この免税店で働いている人たちは、もちろん現代俄山の社員もいるが、北朝鮮の人もけっこう目につく。左胸に赤いバッジをつけているからだ。よくよく見てみると金日成の顔がある。そういえば北朝鮮人の売り子さんはみな女性だった。顔がちっちゃくてかわいらしい。そしてなんとなく純真無垢な印象を受ける。「北朝鮮の女性は美しい人が多く、韓国人の男性にはかっこいい人が多い」とだれかが言っていた。たしかに北朝鮮の女性には美しい人が多い感じがした。そういう人ばかりを集めているだけなのかもしれないけれどね。

北朝鮮の人が胸につけている金日成の「バッジ」・・・・北朝鮮では「バッジ」とは言わず表象と言うらしい。どんな気持ちでつけてるんだろう?と思って聞いてもらったら、なんかすごくとまどった表情をしながら、「付けたいから付けているわけではないし、付けなくないけど付けているわけでもない。付けることになっているから付けているのです」と答えてくれたそうだ。なんだかマニュアルどおりの答え方だなと思ったけれど、きっと心の中では「ほんとは付けたくないんだけど・・・・」って思っているんじゃないかな?と想像した。

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3時半くらいになって帰りのバスに乗り込んで出発を待っていたら現代俄山の責任者という人が乗り込んできてあいさつをしてくれた。「日本からのお客さんを歓迎します。もし日本からのお客さんが来ているということを最初から知っていたら特別に待遇させていただいたのですがすみませんでした」と。彼によると日本からのはじめての観光客だということだった。でもそんなことはないはず。というのは、インターネットで検索してみると日本人の観光客でクムガンサンに行ったレポートが読めるからだ。現代俄山の責任者が言った「はじめての観光客」という意味はおそらく「はじめての団体客」という意味だったんじゃないかなと思う。いずれにしても、日本からの観光客がきわめて少ないことには間違いない。

ところで、いったい最初から知っていたらの「特別な待遇」ってどんなものだったんだろう?今さらそんなことを考えてもしかたがないけど、帰り道はたしかに特別待遇になった。何がかというと、北朝鮮に入るときにはいちばん最後だったわれわれのバスが、出て行くときには数十台あるバスの先頭になったのだ。入るときにはずいぶん待たされたのだったが出るときにはスイスイと出ることができた。入るときにはかなり緊張していたわれわれも出るときにはけっこうリラックスしていたという気分的なものもあったのかもしれないけれど。

しかし出るときもやはり全員がそろわないとバスは動かない。けっきょく韓国の入国審査を終えてでてきたのは5時20分、最初に入国パスをもらったバス乗り場に着いたのは5時40分でもうすっかり暗くなってしまった。
 
by customlegend  at 21:35 |  韓国・北朝鮮 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑
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とにかく自分でやれることは何でも自分でやってしまいたい。だから何でも自分でやれるようになるので、人からは器用な人だとうらやましがられるが自己評価は器用貧乏。有機食品の認証業務の仕事をしています。

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