Wed
07/30
2008
皇居へ その10

さてさて、もう少し歩いていくと宮内庁が見えてきました。なかなか立派な建物です。1935年(昭和10年)に建設された建物だそうです。ガイドの男性がしきりに強調していたのが、この宮内庁の建物の3階が一時期宮殿として使われていたということでした。新年に天皇家族が出て来て手を振りながら、下のほうでは日の丸の旗を振っている姿をテレビなんかで見ることがありますが、戦後しばらくはこの2階のバルコニーのところに天皇家族が立って手を振っていたのだとか・・・・
「明治宮殿」ということばでググってみました。明治維新までは天皇は京都御所で生活していましたが東京に政府を移すことになり天皇も東京に引っ越すことになりました。東京に引っ越してきてまず住んだのが旧江戸城西の丸御殿で、そこが皇居となったわけですが1873年に女官の失火によって西の丸御殿が焼失してしまい、旧紀州藩邸であった青山御所が仮皇居となったんだそうです。
新しく明治宮殿が建ったのが1888年(明治21年)。石造りの建築として計画されたんだそうですが、いろいろ悶着があって、京都御所を模した和風の外観に、椅子やシャンデリアのある洋風の内装という和洋折衷の様式の木造建築となったんだそうです。神道の儀式はじめ天皇の政務をする場所、賓客を迎える広間、天皇の住居がいくつもつながった建物だったそうです。

ところがこの建物も第二次世界大戦のときに戦火にあって燃えてしまったため、1968年(昭和43年)に現在の建物ができるまで宮内庁の建物の3階が宮殿として使われていたわけですが、天皇家族は御文庫(ごぶんこ)と呼ばれるところに住んでいたんだそうです。御文庫というのは、元々は天皇の防空壕として1942年(昭和17年)に建設されたもので砂を詰めた壁と床は厚さが2メートル以上もあり、1トンの爆弾にも耐えられるように設計されてたんだそうです。降伏すると決めた御前会議が開かれたのもこの場所だということです。








